アイデアはCROSSOVERから生まれる(前篇) ―「みんなの企画会議」のススメ―

Blabo!編集部
2014.04.14

CROSSOVER展

先日、Blabo!の「CROSSOVER展」に参加しました。トークの司会などやらせてもらったのですが、来場された方々と「Blabo! Live」にオンラインで参加した方々の一体感があって楽しかったです。

プロフィール

河尻亨一 / Kouichi Kawajiri

銀河ライター/東北芸工大客員教授 原稿書いたり、取材したり、企画したり、イベントやったり、教えたり。色んなところをウロウロしてます。歳をとるにつれヤンキー化していくのが悩ましいです。

CROSSOVERは「~ing」である

当日のダイジェストが以下のショートムービーに記録されています。一度ご覧いただけると、その場で体験できなかった方でもどんなふうに盛り上がっていたかがわかると思います。

「みんなの企画会議」をうたうBlabo!が、“CROSSOVER”というワードに着目してエキシビジョンを行ったわけですが、それはなぜでしょう? “CROSSOVER”は日本語に訳すのが難しい言葉ですが、確かにアイデアや企画を生み出すときには、それが不可欠だと私も日々感じます。

これはもともと音楽の世界で使われ始めたワードらしいですね。色んな解釈が可能な言葉ではありつつ、まずは難しく考えることないと思います。さっきの映像に捉えられていた空気感、人と人が交じり合って「何か新しいアイデア考えようぜ」ということそのものが、すでに“CROSSOVER”なんじゃないでしょうか。

シンプルに言うと「セッション」ってことかもしれない。それぞれの“楽器”を持ち寄って「さあ、何演ろうか?」というあの自由な感じ。これは音楽だけでなく、舞台ものやライブもの全般に共通する醍醐味です。何度体験しても飽きないしワクワクしますよね。

つまり“CROSSOVER”とは、ピンで留めて標本にできない何かなんでしょう。そこには絶対のメソッドや「これじゃなきゃ」というルールは存在しない。あえて言うなら「~ing」の現在進行形から生み出されるものだと思います。

極論すれば、音楽や本、スポーツ、アート、ファッション、お笑い(舞台)やドラマ(映像コンテンツ)などのカルチャーやライブものに関心がない人は、よいアイデアを考えられないのでは? とさえ私は思います。

なぜなら、それらは“CROSSOVER”のマジカルな作用によってこの世に爆誕するからです。「カルチャー」という言葉そのものも、「耕す(cultivate)」というワードに由来すると言われているように、“土をかき混ぜ”ないと作物は実りません。

なぜシャワー中にいいアイデアが浮かぶのか?

「なぜ“CROSSOVER”によってアイデアが生まれるのか?」をもう少し解説しましょう。大げさに言うと、それは創造に不可欠なプロセスです。

まず頭の中に「一本の線」を思い浮かべてください。周りはそれ以外何もない空間です。その線が延びて行くシーンをイメージします。しかし、これだけでは何も起きないんです。世界の裏側までずーっと続いていっても、ただそれだけですよね? 孤独な世界。

でも、コイツがどこかで別のもう一本の線と出会うことも起こりえます。

「意味」や「価値」はその“交差点”にはじめて生まれます。線が一本だけでは、いつまでたっても何も起こりません。いわば「ひらめき」がない状態です。つまり、アイデア出しに“CROSSOVER”が大切どころの話ではなく、“CROSSOVER”しなければアイデアなんてありえない、ということですね。

その意味では“CROSSOVER”は人間の本能みたいなものだと言えるかもしれません。あるものとあるものが、いままでにない「意外性と必然性」をもって交差する瞬間は奇跡的かつスリリングです。「ハマる」とはそういうこと。インターネットの時代になっても、それが変わることはないでしょう。つまり「人間はアイデアを考えたい生き物」です。

ところで我が家には猫がいますが(銀ノ丞/2歳♂)、その行動をつぶさに観察していると、どうも“CROSSOVER感”に乏しいんですよね。

生き方が一本の線に近いというか、毎日が同じで満足しているように見受けられます。それでもたまには寝床を変えたり、いつもと違うごはんを要求するなどはします。カーテンの影に隠れて人を驚かし、たとえバレバレであっても誇らしげな表情をすることもあります。それらは猫にとっての“アイデア”なのかもしれません。

それはさておき。「執筆」や「読書」のように、ぱっと見一人でやっているように思えることでも、実はその人の脳内では、様々な情報や記憶が“CROSSOVER”しまくっています。情報の線が何本もあって、それを織物のように紡いでいくと、それは「編集」という行いになります。

いつもと違う場所で本を読んでいたり、シャワーを浴びながら考え事をしているときによいアイデアが生まれた体験ってありませんか? それは「いつもと違う環境&行動×思考」の混じり合いが、「いつもと違う“出口”や“価値”」にうまく結びついたケースと言えるかもしれません。

その意味ではアイデアにも“旅”が必要なんだと思います。ところでクリエイティブや編集の世界だと、先輩たちは「自分の職場や仕事と関係ない色んなジャンルの人と飲みに行け」ということをよくおっしゃいます(それ以外の世界でもそうかもしれません)。

いわゆる「異分野飲みニケーション」てやつですが、実は一理ある話で、これはある種リアルな“CROSSOVER場”を発生させてるということでもあるんですよね。多少脳をリラックス&麻痺させた状態で、他の人の情報や発想が自分に混じりやすくするという。Cafeをそのような場として活用されている方も多いでしょう。

しかしここで大事なのは、なんでもかんでも“CROSSOVER”すればいいってもんじゃないということ。頭の中の線をずーっと延長して行って、「どこかで誰かと出会えりゃいいな」と期待だけしていても、いい出会いがあるとは限らないじゃないですか? 

本来“CROSSOVER”しちゃいけない二人が運命の出会いをしてしまう場合だってあるわけです。できればそれは避けたい。イケてる“CROSSOVER”を望むのが人情というものです。なので我々は、「よりよい出会い」とはどううものなのか?をいつも考えているけです。

先ほど「“CROSSOVER”は人類の本能かも」と言いましたが、それと同時に人間には心のどこかでそれを恐れる気持ちもあります。

仕事に追われていたり、心配事があると好奇心が薄れますよね。あと年齢を重ねても。“CROSSOVER”するポイントが固定化され、新しい発想がしにくくなる。生理的に出会いが面倒になってしまうんです。人間だけでなく組織にもそういう面があります。

「みんなで企画する」理由

高度に複雑化・情報化が進んだ社会においては、その傾向が顕著です。情報が無限大にあるわけですから、一見「CROSSOVERし放題じゃん!」と思えるのですが、逆にコアポイントを発見しにくいというか、ジャングルに彷徨いこんだ気持ちにもなってしまいます。毒蜘蛛やサソリと“CROSSOVER”したくないですよね。

せっかく「いいアイデア思いついた!」と思って一人で詰めていっても、「企画書できた~!」みたいな段階でふとネットを検索してみると、同じようなものがヒット(しかも複数)したりして落胆! みたいなことも多い。「その生物すでに発見されてました!」みたいな。

となれば、“CROSSOVER”もバージョンアップする必要があるのでは? より新しく画期的な“CROSSOVER”が起こりやすくなる仕組みやメソッドを模索するフェーズに人類は突入し始めているのかもしれない。飲み会も昔ほど好まれないという話もありますから、その替わりになるものもあってよいのではないでしょうか?

そのひとつのアプローチが「Blabo!」のような場(コミュニティ)を作ること、そこに参加することだと思います。いまふうに言うと「ソーシャル」とか「クラウド」ってことでしょうか。ようするに、目的を決めた上で“みんな”でフレキシブルにやっていくことで価値を最大化する。

たくさんの人々で恊働することにより、「徳川埋蔵金」や「チンギスハーンの墓」も見つかるかもしれない、という話です。

私が見るところ「Blabo!」は概ねこういったデザイン(仕組み)になっています。

①アイデアや企画を考えるのが好きな人たちが地理的・時間的制約を超えてそこに集い活動する。 ②あらかじめお題や期間が決まっている。

まず①ですが、様々なメンバーが参加することで“CROSSOVER度”はアップしますね。会社の会議室からは生まれないようなアイデアが出てくる可能性がある。

そこにアイデアを書き込むユーザーは、必ずしも企画のプロフェッショナルではなく、色んなバックグラウンドやキャリアを持つ方々です。ときには新鮮な「交わり」の妨げとなってしまう企画の常識や固定概念がなく、その状態でブラッシュアップのディスカッションも行われることで、“CROSSOVER度”が増し増しとなる仕組みです。

その上で②のような制約やルールもあるためゴールを目指しやすくもなります。ウェブなので全体像が見渡せ、類似のアイデア同士、あるいは異なる発想同士も比較したりくっつけたり、磨いたりできるのもメリットですね。インターネットを活用したアイデアの“道場”でもあるわけです。

別ページに代表の坂田直樹さんとの対談記事がアップされているように、私は「Blabo!」とはちょっと前からおつきあいさせていただいてますが、自分で「読書量をもっと増やすには?」というお題(4月4日まで)を出させてもらって、やっとそのあたり実感できました。

いま400案くらい頂いてますが、現実的には予算や技術等の絡みもあるとはいえ、「やりましょう」と思えるアイデアがけっこうあって驚きました。ある程度の数が集まることで、「そのお題に対してみんながどう思っているか?」の空気みたいなものも伝わってきます。

募集期間は終了しましたが、このアイデア群がそのままの状態になっているのはちょっともったいないですね。もう少し多くの人に知ってほしい――というわけで、次回はそれらのアイデアをケーススタディとして、具体的にどこがどう「“CROSSOVER”してるのか?」を編集視点で解きほぐしてみたいと思います。

(記事:河尻亨一)